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zoom RSS 宇宙船ヘルメスの足取りと有人火星探査の実際 映画「オデッセイ」(The Martian)の参考

<<   作成日時 : 2016/02/13 12:54   >>

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■地球への帰還と再度の火星飛行

(1)ヘルメスの運行
作中の運航軌道を解説したページ「Inside The Spaceflight Of 'The Martian'」
https://www.insidescience.org/content/inside-spaceflight-martian/3251

下の図は、同ページに掲載されているもので、アレス3クルーの地球出発から火星でのミッション中止に伴う地球への帰還、「リッチ・パーネル・マヌーバ」を経てワトニーの待つ火星へ、そして再度地球へ向かう、一連の経路がプロットされている。

軌道は原作のそのままの軌道ではなく、作中の日数にあわせて新たに計算された軌道とのこと。
記事では、この軌道図をもとに、軌道が金星の内側まではいることによる放射線被ばくの危険性や、この軌道を実現するために必要なデルタV(加速度)、それを得るためにどんな推進機関が必要か、またそれを駆動するための電源の問題などについて議論されている。

画像



(2)原作小説でのヘルメスの運行(2016.2.14追記)
原作者アンディ・ウィアーのサイトの「The Martian」のページ。
http://www.galactanet.com/martian/
原作での軌道運動を解説した動画がある。ウィアーは自作のソフトで原作中の軌道を設定したらしい。同じディレクトリにヘルメスの軌道をエディットできるアプリケーションが掲載されている。

 原作の軌道は、(1)の軌道とはかなり異なる。特にワトニー救出後、いったん火星軌道の外へ飛び出してから急減速をかけて地球に向かって落ちていく。これは強力なイオン推進エンジンによる長時間の加速を前提としているためだと思われる。現在のほとんどの宇宙船は、軌道変更のほんの数分から数十分を除けば惰性で飛んでおり、その軌道はきれいな楕円弧となるが、これとは対照的である。

画像


 アンディ・ウィアーの動画に基づいたヘルメスの軌道図は、別記事(http://masamich.at.webry.info/201603/article_2.html)で下図のように整理した。上記の動画は、春分点を画像上方向にとっているが、下図では右方向にとった。(2016.3.7追記)
画像


なお、このソフトはヘルメスの主推進機関の形式にちなんで「ヴァシミール3D(VASIMR 3D)」と言うらしい。(←嘘です)

(3)実際に検討されている軌道
軌道についての論文2編。図もある。

「Fast Mars Free-Returns via Venus Gravity Assist」
https://t.co/7h2sRoKclI

「Mars Free Returns via Gravity Assist from Venus」
https://t.co/GfxtOxG924

長期滞在パターン。発進から帰還まで2年半。少ない燃料で往復できる代わりに地球に帰還可能になるまで火星で1年半すごす。「オデッセイ」でも、これが基本となっているはず。
画像


短期滞在パターン。同1年8か月。金星経由で1年かけて火星に行き、3か月の滞在後、地球に帰還する。劇中で火星からの最初の帰途はこれに近いパターンか。
画像



■惑星間飛行の基礎(2016.2.27追記)

作中のような惑星間飛行の基本的な原理とか仕組みとかを把握できていると、(1)〜(3)のような図を見たり考えたりするときにわかりやすく、また面白くなる。

(4)宇宙情報センターでの解説

さしあたり、JAXAの宇宙情報センターのページ(http://spaceinfo.jaxa.jp/)から、わかりやすそうなものをピックアップしてみる。下記の順で読み進むと、(1)〜(3)の内容を把握する上で最低限のことは把握できると思う。この項の画像は宇宙情報センターのページより。

人工衛星はなぜ回る
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/satellites_go_around.html

人工衛星の高度と速度
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/altitude_velocity_satellites.html
※記事中の地球を太陽に置き換えて考えてみてもよい。

軌道遷移
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/orbital_transfer.html
※記事中の地球を太陽に置き換えて考えてみてもよい。

ホーマン軌道
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/hohmann_orbit.html
※記事中の金星へのホーマン軌道の説明は、火星から地球への帰還に読み替えることができる。

スイングバイ航法
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/swingby_navigation.html

※当ブログへのアクセスログをたどると、映画中でワトニーを救出するのにどうせスウィングバイを使うだろうと思ったらやっぱりつかった、つまらん、というような感想も見かけた。ボイジャーのグランドツアーをはじめ、惑星間飛行の醍醐味と思っていたのだが、それだけ卑近になったということで、やはり「はやぶさ」をはじめとする昨今の国産探査機の功績と言うべきなのだろう。

 もっとも、作中でのリッチ・パーネル・マヌーバのすごさは、スウィングバイを使用する点ではない。本来なら地球軌道に帰還して補給やメンテナンスをすべき宇宙船を無理やり再加速させ、すでに1年も宇宙に滞在しているアレス3クルーを500日もの追加ミッションに送り出すという無茶を強いるという点がすごいのである。原作中では、中国ロケットによる補給ミッションが万一失敗した場合の食糧問題への対応案や、火星に向かう途上で原子炉や推進機関(ヴァシミール)に出始めた不具合を、クルーがだましだまし使っている描写があるのだが、映画では、ヘルメスが遠未来のSF映画に出てきそうな巨大豪華宇宙船になってしまったことで、その辺の過酷さが伝わりにくくなっている感はある。

(5)天体をめぐる物体の運動(2016.2.28追記)
そもそも、軌道運動するとはどういうことなのか、その辺を感覚的に把握するのにうってつけの実験動画を挙げておく。科学館などでも見かける類の実演で、中心がくぼんだろうと状の局面の上に、ボールを転がして観察するもの。

Gravity Visualized
https://www.youtube.com/watch?v=MTY1Kje0yLg
画像


Cool Science - Defining Gravity
https://www.youtube.com/watch?v=a3OQ7ek7t68
※軌道運動する物体同士の衝突を解説するシーンがある。惑星探査機と惑星とのランデブーも本質的にはこれと同じである。探査機に搭載できる推進剤は限られている。現在主流の化学ロケットでは飛行期間に比べればごく短時間の噴射で経路が決まり、あとは万有引力の法則になされるがままとなる。実験映像では、ボールを探査機とすれば、指でボールをおく行為がその噴射にあたる。イオンエンジンなどは長期間連続噴射するかわりに推力はわずかなので、途中でおいそれと修正が効かない点では変わるところがない。宇宙飛行の困難さが実感できる映像だと思う。

Gravity Visualized (demonstration)
https://www.youtube.com/watch?v=LrEebTraCWs

Gravity Demo at the Denver Museum of Nature and Science
https://www.youtube.com/watch?v=GShDvKmpkKw


これらを見ると、楕円軌道を描く物体が、近日点では速く、遠日点ではゆっくり動く理屈とか、速度と軌道半径の関係などが直観的に把握できる。楕円運動するボールが、中心近く(軌道の近点)で増速したら遠点が高くなり、より細長い楕円軌道になるだろうとか、遠点で増速したら近点が高くなり、円軌道に近づくだろう、など、軌道制御の基本的な動きをイメージしやすい。

ボールの運動を天体の運動として見る場合は、実際の天体では、ボールと底面材との摩擦抵抗は無視できることに留意する必要がある。ただ、見方を変えると、進行方向に常に減速噴射しながら飛行している宇宙船の運動とみなすこともできそうである。これをひっくり返すと(逆再生してみてもよい)、連続的に加速する宇宙船が中心天体から遠ざかる運動を容易にイメージできる。

■有人火星探査の実際 その1「マーズ・ダイレクト」

劇中の火星探査計画では、火星地表から火星軌道まで上昇するMAV(離陸船)を、探査隊が火星に向かう前に送り込んでおくのが大きなポイントとなっている。このおかげで、最終的にワトニーが、次期有人探査隊であるアレス4が使うことになっていたMAVを使って、ヘルメスとランデブーすると言う筋書きが成立する。

離陸船を先に送り込んでおくプランはロバート・ズブリンの「マーズ・ダイレクト」が発祥である。

http://www.oocities.org/marsterraforming/mannedmissions.html

表紙
画像


マーズ・ダイレクトの概略図
画像


「マーズ・ダイレクト」に基づいた火星探査構想の動画
Mars Direct in a Nutshell (Youtube)
https://www.youtube.com/watch?v=NMZy2gxrF4g
画像


マーズ・ダイレクトでは、火星着陸後に滞在基地にもなる着陸船と、火星から上昇してそのまま地球に戻る帰還船の二種類しか使わない。先行して送り込まれる帰還船は、火星到着後、持参した水素と大気中の二酸化炭素から帰りの燃料を製造する。この、燃料を現地調達することにより積み荷とコストを最小限にするのがマーズ・ダイレクト方式の最大の特徴となっている。

プロセスの概要は以下の通り。

(1)初年度、無人の帰還船1号を火星地表に送り込む。帰還船は着陸後、燃料の製造を開始し、探査隊の到着を待つ。
(2)2年半後(=3年目)、探査隊を乗せた着陸船1号と、無人の帰還船2号を打ち上げる。着陸船1号は、帰還船1号の着陸地点付近に降下する。帰還船2号は、次の探査隊の着陸予定地に降下する。このとき、帰還船2号は、着陸船1から(ローバーなどを使って)到達可能な距離に送り込まれる。ここがポイントで、帰還船2がバックアップになっている。この方式だったら、劇中のワトニーのように、火星上を数千キロも移動しなくてもすむ。
(3)探査隊が火星地表の探査活動を行う。マーズ・ダイレクトでは、行きも帰りも最小の燃料で済むホーマン軌道を用いることを想定しており、帰りの発進適期まで、約300日間滞在するとしている。
(4)探査隊は帰還船1で地球に帰還する。帰還船は使い捨てである。
(5)さらに2年半後(=5年目)、探査隊を乗せた着陸船1号と、無人の帰還船2号を打ち上げる。以後、このサイクルを繰り返す。

■有人火星探査の実際 その2 ”Mars Design Reference Architecture 5.0”

NASAで検討されている有人火星探査計画。マーズ・ダイレクトを少しアレンジし、地球帰還船を火星地表からの離陸船(MAV )と、火星から地球までの飛行を担う部分にわけ、前者だけを先行して火星に送り込んでおく。このことから、「セミ・ダイレクト」方式と呼ばれる。現在の火星有人探査構想はこれがベースとなっており、映画「オデッセイ」およびその原作「火星の人」のミッションもこれをモデルにしているようだ。

概要図
http://www.nasa.gov/centers/johnson/exploration/graphics_marsbriefing_112311.html
画像


概要動画(動画はNASAのサイトではない)。
NASA’s Mars Design Reference Architecture (DRA) 5.0 (Youtube)
https://youtube.com/watch?v=nwEAR2reFL4
画像


プロセスの概要は以下の通り。

(1)最初の打ち上げで、MAVを火星の地表に、「居住・着陸船」を火星を周回する軌道に、それぞれ無人で送り込んでおく。MAVは現地で燃料の製造を開始する。
(2)クルーと地球火星往還船が打ち上げられ火星に向かう。往還船は火星高軌道にとどまり、クルーはオリオン宇宙船で着陸船に乗り移り、降下する。
(3)帰りはMAVで上昇して往還船にドッキングし、地球近傍まで飛行、クルーはオリオン宇宙船で直接地球大気に突入し帰還する。往還船は作中のように何度も繰り返して使用するわけではないようだ。

※着陸船を火星の軌道に乗せるために、「エアロキャプチャ」を用いるのが特徴。これは、逆噴射をするかわりに火星の大気上層をかすめてブレーキをかける方法。
 大気ブレーキ自体は近年の火星周回探査機の軌道修正に活用されているが、軌道投入そのものに使われた例はない。ちなみに、クラークの小説「2010年宇宙の旅」では、米ソ協同探査隊と中国隊が木星周回軌道に投入するために、それぞれ木星大気でのエアロキャプチャを行っている。また、テレビドラマ化が決まったキム・スタンリー・ロビンソンの火星三部作では、有人船の火星エアロキャプチャが一般的に使われるようになっている。

■作中のアレスミッションとの比較(2016.3.22加筆)(2016.4.2加筆修正)

上記の2ケースに対し、作中のアレスミッションについては、原作「火星の人」冒頭のログ・エントリー・ソル6に説明がある。そこから類推すると、次のように行われるようだ。

(1)初年度、無人のMAVを着陸予定地点に送り込んでおく。MAVをあわせ計14回の無人ミッションにより、物資が送り込まれる。MAVは24か月かけて、持ち込んだ水素と火星大気の化学反応により上昇用の燃料を自ら製造する。
(2)物資が火星に無事着いたのが確認さると、探査隊は地表から打ち上げられ、地球低軌道でヘルメスに乗り込み、火星へ向かう。なお、着陸船(MDV)については劇中であまり言及されていないので、ヘルメスに積んで持っていくのか、あらかじめ火星軌道で待機しているのかは不明。
(3)探査隊は先行して送り込んでおいたMAVの近くに降下する。なお、並行して次のアレスミッションのための物資とMAVが無人で送り込まれる。
(4)探査隊は、約30日間滞在し、探査を行う。
(5)探査隊はMAVで火星低軌道で待機していたヘルメスにドッキングし、地球へ向かう。なお、映画でのMAVの造りは、DRA5.0の離陸船よりも大ぶりで、マーズ・ダイレクトの帰還船に近い感じになっている。
(6)ヘルメスが地球低軌道に到着後、探査隊は地球へ帰還する。ヘルメスには、4回の無人ミッションにより食料や燃料などが補充され、次の探査隊を乗せて再び火星へ向かう。

これらの点は、映画でも基本的に変わっていない。

作中のアレスミッションを前出の2つと比べると、ストーリーの鍵となる特徴がいくつかあることがわかる。

まず、火星滞在期間が約30日という点である。もし、マーズ・ダイレクト方式のように300日の滞在を前提にしていたら、ミッションが初期に中止され、ワトニーが取り残されても、食料などはかなり余裕があったはずだ。

アレス4着陸地点についても、前記の通り、マーズ・ダイレクト方式のようにアレス3着陸地点から近距離に設定されていれば、もっと余裕をもって到達できただろう。

また、ヘルメスが繰り返し使える宇宙船というのも味噌である。もし地球火星往還船がDRA5.0のように使い捨てだったら、ヘルメスによるワトニー救出ミッションは成立しない。

こうした点は、うまく伏線を張ってあるなと感心させられる。


ところで、よくわからないのはリッチ・パーネル・マヌーバ後の地球スウィングバイ時の補給の量と内容である。
このときは1回の補給しか受けておらず、内容も食料が中心のようだ。「プロジェクト・エルロンド」での会話によれば、ヘルメス本体は5回のアレスミッションに使うよう設計されており、クルーがあちこち直す必要は出てくるだろうが追加ミッションでも機能するとされている。主エンジンの推進剤や姿勢制御用の燃料に限り、あらかじめ5回分が搭載されているか、帰還の都度に次の次のミッションまでカバーできるくらい余裕をもった補給がなされているのかもしれない。



※この記事は、元記事からカテゴリを分離して作成しました。
【元記事】映画「オデッセイ」(The Martian)参考 ワトニーの足取りと火星の自然の実際
http://masamich.at.webry.info/201602/article_1.html



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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ここのヘルメスの軌道を見てようやくリッチ・パーネル軌道が理解できました。原作読んだ時点では位置的に後ろで高い所にある火星にどうやってスイングバイ一回で戻ってるのか判らなかったんです。
原作ファン
2016/03/29 12:29
「推進剤などはあらかじめ5回分搭載されているようだ」と書かれていますが これだとワトニー救出時に火星周回軌道に入ればよいことになるのでありえないと思います。
原作ファン
2016/03/29 12:48
原作ファン さま
コメントありがとうございます。

飛行計画図は小説の本文中や映画のパンフレットにでもついていればよかったですよね。

推進剤についてはリッチ・パーネル・マヌーバ以降の地球スウィングバイで補給を受けていないこと、ワトニー救出行で少なくともアレス4ミッション相当は必要で、さらに予備があるくらいかなという類推からそう書きました。

ヘルメスを火星周回軌道に投入できない理由は、推進剤の不足よりも、ワトニー救出の期限に間に合わせるため軌道投入度外視の速度で飛行するせいではないでしょうか。
MASA(管理者)
2016/03/30 04:17
アレスミッションの概要について追記修正しました。
MASA(管理者)
2016/04/02 18:08

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